第5号様式(第4条関係)
出張調査報告書
平成20年5月26日
新風会会長
松尾幸長
政務調査団長
吉田廣光
出張者 奥村 豊 吉田廣光 平野潤二
志渡澤一則 米倉幸久 松尾幸長
次のとおり調査のため出張したので、その概要を報告します
1、調査月日 平成20年5月7日〜5月9日
2、調査場所 @ 岩手県奥州市
A 福島県郡山市
B 福島県会津若松市
3、調査事項 ・ 市営浄化槽整備事業(PFI事業)
・ インキュベーションセンター
・ 中心市街地活性化事業
4、調査結果 別紙のとおり
文責 吉田廣光
奥州市(旧水沢市)におけるpfiによる浄化槽整備事業の概要と問題点について
1、 奥州市の概要
水沢市、江刺市、前沢町、胆沢町、衣川村の5市町村が合併し、平成18年2月20日に誕生した。岩手県の内陸南部に位置し、総面積993,35平方キロメートル、人口13万人の盛岡市についで岩手県第2の市である。
2、PFI方式について
PFI事業とは公共施設の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力、技術的能力を活用することにより、公共団体が直接実施するよりも効果的かつ効率的に公共サービスを提供できる。民間企業が設置後年度単位で市が民間業者から買取り、管理業務は民間業者が行う、いわゆるB丁O方式である。
3、経過
平成19年5月に第一事業予定者と基本協定を締結し、特別目的会社(SPC)が設立された。奥州浄化槽整備株式会社は5社で構成され22社の協力会社があり、地区割りされている。
事業概要
平成19年7月から27年8月までの8年間で1,200基を設置する。19年度は80基の設置予定に対し、35基しか設置できなかった。これは業者により技術較差があるためである。
5、事業効果
PFI可能性調査によると、市が自ら実施する場合の財政負担額とPFI事業により実施する場合との財政負担額を比較すると38パーセントの軽減となる。主なものは職員の人件費と建設費でVFMが生まれる。
6、考察
コスト縮減によりVFMを生じさせることも大事だが、体力が低下している地元業者育成という観点が大切だ。SPC(特別目的会社)のあり方が問われる。その点水沢区においては地元業者を網羅されている。
・調査日時 平成20年5月8日(木)15:30〜
・調査箇所 郡山地域テクノポリスものづくりインキュベーションセンター
=財団法人:郡山地域テクノポリス推進機構=
(福島県郡山市:日本大学工学部キャンパス内)
・調査内容 インキュベーションセンター設立趣旨、事業概要、施設概要等
インキュベーションとは、そもそも抱卵・培養・保育などの意で、設立して間もない新企業や起業のために国や地方公共団体などが経営技術・金銭・人材などを提供し育成することとされている。
財団法人:郡山地域テクノポリス推進機構は、昭和61年に福島県、テクノポリス圏域市町村(郡山市他4市町)及び県域内企業の基金造成(役15億円)により設立された。産業界、大学、研究機関、行政機関等の連携を図り、郡山地域にベンチャー精神溢れる企業が多く活躍できるような各種事業を展開している。
主として、情報通信・医療福祉・環境・新製造技術関連の4分野を中心に積極的な振興を図っている。そのための事業として、新事業創出育成事業、研究会・人材育成事業、研究開発・事業家コーデイネート事業、研究開発起業化助成事業などを行っている。
今回視察したインキュベーションセンターは、テクノポリス推進機構が建設・運営を行い、国・県・市・大学が財政支援を行っている。新事業創出育成のための事業を推進する施設で平成18年8月に設置され、主として製造業者を中心に、新たに起業しようとする者や新事業に取組む企業を対象に、大学等と連携して新製品の研究開発をする場、プロトタイプ(試作品)を製作する場を提供している。
また、新事業創出の成功確立を高めるため、研究開発の指導者がいる大学の敷地内に設置し、経営・技術両面の支援のためにインキュベーションマネージャーや技術指導員・技術コーデイネーターなどの人材をも提供している。大学内にはこのほかに、東北大学や岩手大学にもその例が見られる。
特徴的なこととして起業支援室を備えており、毎年度入居者を募集している。(別添資料参照)ただ、成果の出ない者は退去を命じられたりしている。現在、ひとつの成果として、不妊治療のための人口受精の機器や、血管内の障害物を取り除く精密な機器を開発しておりまもなく市場化するとのことである。
気になった知的所有権については、日本大学産官学連携知財センター(NUBIC)に帰属し、このセンターが管理する旨の回答を得た。
まさしく産学官連携の最たるものであり、新事業を創出するものづくり系の起業を支援する場として極めて優れた先進事例である。 (報告者:米倉幸久)
文書責任者 奥村 豊
1 調査時期 平成20年5月9日(金)
2 調査箇所 福島県会津若松市
3 調査事項 会津若松市における中心市街地に係る取り組みについて
(1) 会津若松市の概要
福島県の西部会津盆地の東南にあり、東京から約300km、県都福島市から約100kmの距離にある。平成16年11月1日北会津郡北会津村と合併、平成17年11月1日 河沼郡河東町と合併。人口 129,388人世帯数 48,455世帯 (平成20年1月1日現在)面積 383.03ku。
(2) 中心市街地の取り巻く環境変化
当市の中心市街地は、鶴ヶ城の城下町として整備され、郭門やカギ型十字路などが姿を残し、葦名氏時代(1384)に起源をもつといわれる「十日市」や、各地区の神社やお寺に由来する「お日市(縁日)」などの伝統行事が現在も行われております。また、古くは新潟県までを商圏範囲として商業が発達し、会津五街道の起点である大町四ッ角を中心として15の商店街が発展してきました。
このように、当市の中心市街地は、居住、商業、業務など様々な機能が集積し、人々の生活、娯楽、交流の場となり、また、長い歴史の中で独自の文化や伝統を育むなど、会津若松の個性を表す「顔」ともいうべき場所となっています。しかし、近年、多くの都市で、モータリゼーションの進展、商業環境の変化などを背景として、中心市街地の定住人口の減少や空き店舗の増加などが深刻化しています。
これは、当市においても同様であり、消費者は、市の外周を走る幹線沿いの大型店や、高速道路で1時間程度の距離となった福島市・郡山市・新潟市などへ流出し、中心部の商店街では消費者離れが進み、賑わいの消失、空き店舗の増加など空洞化が進行していきました。
郊外偏重の都市を見てみると、車での買い物の利便性が高い反面、車に乗れない若年層・高齢層には不便な状況であり、また、その地域の個性や文化、人々のつながりが感じられない、どこにでもある、「顔」のない都市になってしまってはいないでしょうか。
会津若松市が会津若松市らしくあり続け、ふるさとを離れた子供達がもう一度会津に帰ってきたいと思えるようになるためには、本市特有の歴史や文化を伝承し、人々のふれあいの場となっている中心市街地を活性化することが、今、必要なのです。
(3) 中心市街地活性化推進事業の体系
中心市街地の衰退が進んでいる現状を受けて、平成10年7月に、国は中心市街地活性化法(正式名称「中心市街地における市街地の整備改善及び商業等の活性化の一体的推進に関する法律」。以下「法」といいます。)を制定し、中心市街地の活性化に取り組もうとする地域・団体の支援を行うこととなりました。
法では活性化の方針を示し、法に従って中心市街地の活性化を行おうとする市町村に、『中心市街地活性化基本計画』(以下「基本計画」)の策定を義務づけました。
そして、中心市街地活性化の推進役としてTMO(Town Management Organization:まちづくり機関)という組織を規定し、その役割と要件を定めました。
まちづくり機関)という組織を規定し、その役割と要件を定めました。
TMOとは、既に中心市街地活性化の取り組みが行われていたアメリカやイギリスなどを参考とした組織で、中心市街地を一つのショッピングモールのように捉え、そこにマーケティングの手法を活用し、マネジメント(管理・調整)することを役割とし、"まちづくりの推進役"であります。
具体的なマーケティングの手法としては、魅力的な商店・テナントを集積させて全体としての集客力を向上させる"テナントミックス"や、顧客の休憩所や待ち合わせ場所などを設置することで利便性を向上させる事業などがあり、TMOは、これらの手法を、当該商店街と協力の上実施していくこととなります。
TMOとなれる団体は商工会議所や第三セクターが想定されており、基本的には一つの市町村に一つのTMOのみが認定されることとなっており、TMOになろうとする団体は、中心市街地を活性化させる手法を、市町村が定めた基本計画に沿った内容で定めることとなっており、その名称を『中小小売商業高度化事業構想』(以下略称である「TMO構想」といいます。)といいます。
法では、TMOが中心市街地活性化に係る事業を実施する際の補助制度を有しており、代表的なものとして、商店街リノベーション事業といわれるものがあります。
この事業実施には、TMO構想の実施計画(より具体性のある計画)として『中小小売商業高度化事業計画』(以下略称である「TMO構想」といいます。)を位置づけ、経済産業大臣の認定を受けたTMO計画は、補助金を活用して事業を実施できることとなります。
また、都市基盤の整備改善の手法として、市街地再開発事業や優良建築物等整備事業があげられ、TMOは、これらの手法により土地の高度利用を行おうとする地権者との調整を行います。
(5)TMO設立までの経過
平成10年7月、国は、「中心市街地活性化法」の制定とともに、通商産業省(現経済産業省)や建設省(現国土交通省)をはじめとした13の府省庁(現在は8省庁)により中心市街地活性化関係府省庁連絡協議会を設置し、「小売商業の活性化」と「都市基盤の整備改善」を車輪の両軸とした推進体制を築き、市町村やTMOと連携して活性化を進めていくこととしました。
このとき当市では、法制定の直後の7月31日には、TMOになろうとする団体として(株)まちづくり会津が設立されましたが、このような素早い対応が可能であった理由として、草の根的なまちづくり活動が継続されていたことと、法制定をにらみ着々と準備が進められていたということがあげられます。
当市では、平成4年に『景観条例』と『中小企業振興条例』が、平成8年には、『観光振興条例』が制定され、活性化を試みようとする地区・商店街が制度を活用し、会津若松の歴史を活かした景観づくりのための店舗改修や空店舗へのテナント配置、まちなか観光客に分かりやすい看板やマップの作成などが行われるなど、商店街の活性化や地域の魅力づくりに向けた地道な活動が行われていました。
こういった活動を通して、商店街の活性化は景観づくり、商業の魅力、PR活動など多岐に及び、さらには、地区の商業者のみではなく一般住民をも巻き込んだ"まちづくり"の視点がなければならないという問題意識のもとに、活動の内容が変化していきました。
こうしたなか、まちづくり活動を調査研究していた会津大学短期学部の後藤教授を中心として、まちづくり研究会という勉強会が開催されるようになり、若手経営者や行政職員などが、まちづくりに関する外国の事例や中央省庁の動向などについて勉強を重ねていきました。
国が中心市街地活性化法を整備しTMOによるまちづくりを行うとの情報が入ると、市内のまちづくり団体の連携組織として"まちづくりネットワーク協議会"を 設置。さらに第三セクター方式がTMOになりうると知ると"会津まちづくり会社準 備会"を設置するなど、TMO設立に向けて着々と準備を進め、平成10年7月31日、法施行後始めて、TMOになろうとする組織として(株)まちづくり会津が設立されました。
その後、市の基本計画策定においては、商店街によるワークショップの開催により、住民の意見を反映させ、その意見をもとにTMO構想を市へ提出し、平成11年5月28日に正式にTMOとして認定されることとなりました。
なお、平成12年7月31日にTMO構想の改訂版について認定を受けておりますが、これは、TMO計画として事業を実施する際に、具体的にTMO構想に記載がなければならないということから具体的事業名等を加筆したものです。
所感 コンパクトシティは現在検討中とのことであるが、市役所(昭和12年)を始め古い建物を残し、まちづくりをなされている事が印象的